人類史上最も画期的とも言えるこの原書「The Market for Liberty」の英文には「anarchy」(無政府主義)の言葉は一切使われていない。天才的なこの著作の著者タネヒル夫妻は、無政府主義的資本主義(anarcho-capitalism)の精神をまざまざと世に知らしめる先駆けの正に第一人者である。使用を避けた理由は、言うまでもない。現代社会のほぼ完全に操作された環境に置かれた社会環境下では、あまりにも偏見が大きすぎるからである。本訳者もその一人であった。「政府の無い社会」と聞いただけで、直ぐに思い浮かぶのが、「戦国の世の中」であり、考えも無しにそう決め込んでいるのである。こうした洗脳を理論的に粉砕してくれたのが、正にこの原書であった。そして、どうして自由社会がうまく機能して行くのか、具体的に分かりやすく、簡潔な形で証明している。そうした「目から鱗」の始めの一歩は、倫理観としての人徳を初めにきちんと定義することにある。暴力や戦争の無い世界を我々が作って行くのであれば、人間の生き方としての道徳にも配慮するのは当然であろう。人権侵害否定の原則(non-aggression principle)に矛盾しない社会は無政府社会しかない。英語圏ではこの精神を、「anarchy」の言葉を避けて、自発主義(voluntarism)や、客観主義(objectivism)と言う言葉で紛らわす人は未だに多い。英語の「anarchy」には無政府以外に無秩序という意味で使用する人もいるからだという説もある。何れにせよ、政府の無い世界が無秩序にならず、倫理的にも経済的にも人間的に実現可能な最も秩序ある最高の社会を確実に築くことを、原書は教えてくれる。「思想に国境は無い」とは言うものの言語の壁は厚い。今日の日本の読者も、学校やマスコミからでは絶対に会得できないその隠された偉大な英知に、この翻訳を通して触れられることを切に願う次第である。
2016年10月吉日